恋するキオク



あの気持ち、絶対にわかる時なんて来ないと思ってた。

愛する人のために、すべてを捨てて行けること。

もう何もかもが、どうなったって構わないって。



「カケオチ!?おまえ大袈裟(汗」


「だってね、今ならホントに分かるんだもん。私圭吾と一緒にいれるなら学校もやめたっていい!」


「おいおい、やめんな。ってか、そういうの目の前で言わないでくれる?どう反応していいんだよ」



沢さんの入れてくれたコーヒーを飲みながら、小さな部屋にあるグランドピアノの陰で話をする。

呆れながらも照れた表情を見せてくれる圭吾に、私はもっともっと寄り添って。

もうこのまま、この部屋から出たくなんてない。



椅子も出さずに絨毯にそのまましゃがみ込んで、時々ぶつかるお互いの腕と肩にドキドキした。

すぐ隣に見える優しい笑顔と、ずっと近くで聞きたかった声。

些細な話にも、浮かれるように胸が高鳴って。



私、こんなに圭吾が好きなんだね。



「…あんまりこっち見んなよ」


「なんで!見たいよ!」


「はぁ…っ、お前素直すぎてついてくのキツイ」


「えっ…、ぅ…そんな」


「ちょっと待て!泣くな!」



慌てて触れてくれる圭吾の手。

ピアノを弾く時も、何かを作る時も、こんな時も。

いつだって器用で、優しい。



見つめられて恥ずかしくて、私が思いきり下を向いてしまったって

その手は上手く私の顔をすくい上げて。

まだ昼間だというのに、木枠のブラインドを下ろした窓からは、ほんの少しだけ光が漏れる。



「なんかあっただろ」


「……なに…が?」


「無理してはしゃがなくていいよ。だいたい分かってるし」


「だって…圭吾来ないんだもん…」


「うん、ごめん。急用」



そっと口付けられて、そのまま強く抱きしめられて。

でも、もうキスで誤魔化さないでほしい。


圭吾のこと、もっとちゃんと聞かせてほしいから。




< 130 / 276 >

この作品をシェア

pagetop