恋するキオク
切ない視線で見上げる。
オレは野崎に促されるように、いろんなことを話した。
親が違うとは言われても、生まれて間もない頃からあの家で育ったこと。
省吾とのケンカで肩を壊したこと。
この場所でピアノを弾き続けて来たことだって、もうなにも隠す必要はないから。
でも、思い出すとどんなことも辛いのに、目の前ではなぜか野崎の方が泣いてて。
その光景に思わず笑ってしまうような、変な気分だった。
「お前が泣いてどーすんだよっ」
額をピンと指ではねれば、それでも声を出せないほどに野崎は泣き続ける。
もう、どうしようもなくて。
何を言ってやればいいのかもわからなくて。
泣きながら「私が守るから」って言う野崎に、そっとキスをした。
「女に守られるほど情けなくないって。…いいんだよ、もう。お前がいてくれればそれでいいから」
泣き止ませるつもりで言ったのに、なぜか一層泣かれたのは失敗だったかな。
丘の上にある展望台からは、日没を告げるように音楽が流れる。
手術のことも伝えなければと考えていた時、野崎はオレの腕にぎゅっと体を寄せて来た。
「もうここから出たくないよ…」
ここにいれば、ずっと二人で一緒にいられる。
この空間だけの時間が止まるなら、オレだってそれを望まないことはない。
間違ってないよな、何も。
オレたちこのまま進んだって、罰が当たったりしないよな。
別に当たったとしても、絶対なんとかしてやるけど。
「…じゃあ扉に鍵かけて、ずっとここにいようか」
伝えないといけない。
また離れなければいけないこと。
一人にしてしまうこと。
でも今だけは、そっとしておいてほしいから。