恋するキオク
音楽室の扉の前は、先月までよりも少しだけ緊張した雰囲気が漂ってる。
大会まで日にちがないから、みんないつも以上に練習に集中してるんだ。
「はぁ…、私まで緊張しちゃう」
大きな防音タイプのガラス戸を引いて中に入ると、私の周りはまた瞬間的に冷たい空気に包まれたけど。
その一番向こうで合奏の準備をしている省吾がいるせいか、誰も以前のように辛い言葉を投げかけてくることはなかった。
「あ、春乃…」
近くで譜面台を組み立てていた春乃に、思わず出かかった右手。
でも目が合うと、やっぱりお互い気まずくて。
結局春乃とも言葉を交わすことはないままに、私はその場を離れた。
早く
元に戻りたいな…
「じゃあ5時から合奏入るので準備お願いします。それと大会のメンバー以外の人は練習場所にて各自基礎練習をしてください」
省吾の声が響き渡ると、みんなはそれぞれの準備に取りかかっていった。
「あ、安住!野崎さんにも指示出してね」
そして付け加えられた省吾のその言葉にも、みんなの態度は微かに反応する。
鋭い視線がそそがれる中を、私は安住先輩について音楽室を出た。
準備室の更に奥の扉を開けると、そこには大会で遣う衣装が揃えられてる。
この時期にしか使わないから、ちょっとホコリっぽい場所に片付けられてるんだけど…
「ここの衣装、全部ハンガーに掛け直しといて」
「わかりました」
そう言い放つ安住先輩。
そしてその言葉が素っ気なく感じてしまうのも仕方ない。
わかってても、沈む気持ちは簡単に立て直せるわけもなくて。
私は小さくため息をつきながら、積み上げられた衣装の箱を下ろそうと棚に向かって手を伸ばした。
すると
「そんなチマチマやってたら間に合わないわよ?」
「えっ…、きゃっ!」
ドサッ!
安住先輩が箱を引っ張ると、キレイに積まれていた衣装箱は一気に崩れ落ちて。
整理されていたクリーニング済みの衣装も、ホコリの中に無惨に散らかってしまった。