恋するキオク
〜記憶だけの恋〜
涼しい風を感じて目を覚ますと、隣には白衣を着た男の人が立っていた。
たぶん病院の先生なんだろう。
私に名前を聞いて、それから両親のことも聞いてきた。
そして学校のこと…。
でもこれはちょっと、思い出せなかったんだけど。
校舎の雰囲気は浮かぶのに、そこに通う人たちの姿はどうしも出てこなくて。
「心配しなくていいからね。慌てなくても少しずつ戻るから」
「はい…」
ただ、無くしているという記憶の部分に、大切なことが含まれていないかが不安だった。
それで誰かが傷付くことになってたら、すごく悲しいし。
気のせいかもしれないけど、心のどこか奥の方に、モヤモヤした気持ちも残ってたから。
「陽奈〜っ!お母さんのこと、わかる?わかるのよね?」
「うん、わかるよ。お父さんのことも分かるし、心配しなくていいよ」
白い部屋に、駆け付けるように近づいてきたお母さん。
その顔を見たら、気が緩んで少し涙が出る。
どうしてここに来ることになったのか、何があってこうなってしまったのか。
知りたいことはたくさんあったけど、今は何を聞くことも許されなくて。
「急にたくさんのことを思い出すと良くないらしいから、しばらくは何も考えないで休んでいなさい」
そう言うお父さんに、うなずくしかなかった。
そして、その後ろにいる背の高い人。
私と同じ…高校生?
「あぁ、そうだ。省吾くんのことはなるべく早く思い出してあげなさい。お前をずっと守ってきてくれた存在なんだからね」
「いいですよ、お父さん!僕もゆっくりで構いませんから」
遠慮するような態度で、控えめで。
真っすぐな視線が、すごく印象的な人だった。
つまりこの人は、
私の彼氏ってことなんだ…
「陽奈、オレのことはいいからね。もう夏休みに入ってるし、できるだけここに来るようにはするけど、だからって慌てて思い出してくれなくていい。近くにいれるだけで、オレは満足だからさ」
「……ありがとうございます」
優しそうな人…
この人を早く、安心させてあげないといけないんだよね。