恋するキオク
帰ってきたって、居場所なんてない。
そのまま海外に残って、ちゃんとした先生に付いてピアノを学んだ方がオレのためだって。
わけがわからない。
オレはそんなことまで望んでない。
「何言ってんだよ…、オレはすぐに帰るからな」
「何のために」
「は?…そんなの関係ないだろ」
「あの娘のためか」
「……っ!?」
なんで……
オレが黙ると、祖父ちゃんは続けた。
「それなら尚更だな。あの娘を想うなら帰って来るな。それが結果的にお前のためにもなる」
「なんだよそれ…」
「あの娘にはもう、お前の記憶はない」
ドクン、ドクン……
「圭吾くん、大丈夫?」
「あ、はい…」
搭乗口近くの長椅子に座って顔を上げる。
結局オレは、祖父ちゃんの言うことを無視してあの人に空港まで送ってもらった。
そういえば、いつまでも「あの人」と言うのは申し訳ない。
「すみませんけど…、名前は」
「あ、そうね。なんだか名乗るのもおかしな気がしてたから。私は相澤よ、相澤香織」
「相澤さん…、ありがとうございました」
別に名乗ったっておかしくはないと思うけど。
オレは鞄を担ぎながら頭を下げた。
「本当にいいの?こっちでもあなたなら上手くやって行けると思うわ」
「…でもオレの目的はここにありませんから」
「そう…、じゃあ卒業したら聖音に来る?試験は大変だけどね」
相澤さんは優しく笑っていた。