恋するキオク
記憶のない想い人
そんなに長く離れていたわけでもないのに、いつも窓から見えていた公園はどことなく懐かしさを感じた。
あのベンチに座り、茜や善矢と笑って話をしていたこと。
お互いの気持ちを知るために、野崎と何度も同じ時間を過ごしたこと。
あの時と変わったことは何なのか。
何かが変わってくれれば…、そう思っていたのに
今は変わってしまった何かを思い浮かべることが怖い。
店の扉を開けると、まるでオレを待ちわびていたように振り返った沢さんの表情が嬉しかった。
オレに急いで近づいてきて、両肩を撫でるように微笑みながらうなずく。
…ったく、
なんで泣く必要があるんだよ。
「ごめん沢さん。自分の家でもないのに空港から真っすぐこっち来たから…、荷物邪魔だよな」
「今さら何言ってんだ。ここは圭吾くんの家みたいなもんだよ。そう思ってくれてた方がオレも嬉しいさ」
小さい頃から世話になってる沢さんは、本当に親みたいなものだ。
オレよりも、オレの気持ちをよく分かってる。
ボリュームを抑えた曲が、古いレコードから静かに流れて
いつものコーヒーの香りは、ずっと焦りを抱えていたオレの心をわずかながら落ち着けた。
「陽奈ちゃんのこと聞いたんだろ」
「うん…、でも詳しくは聞けてない。ただオレのことを忘れてるって、それくらいしか」
「あぁ、でも忘れてるのは圭吾くんのことだけじゃない。高校に入って以降のことは全部だ。つまり友達のこととか…、省吾くんのことも」
沢さんは目の前の椅子に腰を下ろした。
記憶が無くなってる理由は、よくある衝撃的な出来事が原因だとか言うよりも
長く精神的に与えていたダメージを、体が拒否して起こったと考える方が確からしい。
思春期にいろんな悩みを抱えて症状が出ることも、若者の間では少なくないって話だった。
オレと省吾のことが、野崎の気持ちを追いつめてたことは分かってる。
だから、オレにだってやっぱり責任はあると思ってた。