恋するキオク
散歩は看護士の付き添いが必要だけど、多分オレを見たって、看護士が何かに気づくことはないだろう。
だから近くのベンチに連れて行けば、顔を合わせるくらいならできると思う。
あの友達はオレにそう言ってた。
そして試みた、待ち合わせ。
言ってた通り、看護士はオレの方に気を取られることはなく、オレがいるベンチのもう一つ手前のベンチに野崎を座らせたけど。
結構近いから、あまりじろじろ見ると変に思われるかもしれない。
でも…
友達や看護士と話をしながら、まぶしげに微笑む野崎。
遠くを見るようなそぶりで視界に入れれば、思わず名前を呼んでしまいそうになる。
距離にすればほんの3メートルほどの場所。
こっちを見ないか、目が合わないか。
それはまるで、片想いをしてるようなもどかしい気分で。
あぁ、そうか。
今はその通りなんだよな。
でも今さらだけど、オレは野崎に好きだなんて言ったことがなかった。
同じ気持ち、同じ想い。
そう伝えるだけで、そういう言葉はなんていうか……、オレが使うような感じでもなかったし。
って、言い訳みたいかもしれないけど、まだ言うべきじゃないとも思ってたから。
野崎はずっと省吾の女だったし、それは今も変わらないけど…
こんなことなら、ちゃんと言っとけば良かったかな。
言えないまま、オレの存在は消えて、永遠にその心に残される日がこないとしても
好きだ、という言葉は
オレ自身をもっと変えたかもしれない。
忘れられることになんて、怯えなかったかもしれない。
「ねぇ、陽奈。これクラスの子の名簿だよ。もうすぐ学校始まるし、別に無理に思い出させるつもりじゃないけど、きっと名前くらい見ておいた方がいいかと思って。もしかしてってこともあるから…、ね?」
「わー、ありがとう春乃。すごい助かるよ」
ーーーっ……
笑ってる顔なんて何回も見てきた。
それなのに…
その表情はけっこう胸にくる。