恋するキオク
でもその時野崎から出た言葉は
オレの動きを止めた。
「春乃……。気持ちは嬉しいけど、私もう、このままでいいんだ」
「えっ、なんで!?」
「だって…、消えた記憶は私にとって必要なかったってことでしょ。どんなに大切な思い出が詰まってたとしても、どんなに大切な人と出逢ってたとしても、神様がそう決めたんだもん。だからこの名簿はこれからのために使うから。…ありがとう」
「ちょっと、陽奈っ…」
そんなことを言いながら
なんで野崎は、涙を流したんだ…
「さ、そろそろ回診の時間だから、病室に戻りましょ」
「はい」
病棟に戻って行く後ろ姿。
しばらく一人、座ってたオレ。
その足がふと止まって、一瞬野崎が振り返ったかのように思えたのは
都合のいい、オレの錯覚だったのだろうか。
風が必要以上にまとわりついて
まぶたをかすめる前髪に神経が逆なでされた。
神様…
それって、こうなることが運命だったって言ってるのか。
オレは、そんなものにはもう負けないって決めてたのに。
野崎はあきらめるのか。
じゃあオレも
野崎に合わせるように
出逢ったことからすべてを、この記憶から消した方がいいのか……
「はーーっ………」
期待しすぎてたかな。
オレたちの繋がりが、そんな程度のものじゃないって。
離れてたって、ひと時忘れる瞬間があったって
もう一度顔を合わせれば、すぐに戻れるに決まってるって。
そう信じすぎてたかな。
今のオレは、野崎にとってどんな存在なんだろう。
少なくとも
必要とはされてないっぽい。