恋するキオク
恋の記憶。
オレも全部読んだ話だ。
生まれ変わってからの出会いを夢見た二人の気持ちも知ってる。
でもオレの場合、それは果たして誰のためになるんだろう。
どうせ野崎にオレの記憶は無いんだから、省吾と一緒にいられるなら悩むことなんてないと思うんだ。
そしてオレは、野崎が望んでるわけでもない道の先を描く気もない。
上手く気持ちを表すことができたピアノだって、今は弾けないし
何かを願うことの意味さえ、無い気がするんだ。
これ以上私たちに迷惑をかけるな
それは省吾にもってことだろ。
オレ一人がいないだけですべてが上手くいくなら…、それで野崎が今を幸せに生きられるというなら…
もう出逢った記憶なんて…
ガチャッ…
…?
再び扉が開いて、部屋に入ってきた沢さんがピアノの前に立った。
少し浮かれてるのが見ればわかる。
「もう一度この本借りるよ。どうしても貸したい人がいるんだ」
「…別にいいけど。どうせ図書館の本だし」
店のお得意さんなのか、沢さんの同年代の人が読んだって、たいして入り込める話でもないと思うけど。
「生まれ変わりなんて待たなくても、二度目の出逢いってあるんじゃないかな。……オレはそう信じたいんだよ」
ロマンチックな台詞でも決めたかのように、得意げに本を持ち上げてまた部屋を出て行く。
オレは沢さんの後ろ姿をぽかんと見送った。
そしてその時なんとなく、一つだけでもいいからピアノの音が聞きたいと思ったんだ。
重さのあるふたを持ち上げて、人差し指を鍵盤に当ててみる。
ポーーンーー…
いつまでも響くその音が、オレの存在を表してた。
お前はそのまま
そっちで暮らしなさい
どうせ一人なら、ここにいる必要もないのかもしれないな。