恋するキオク
校舎の匂い、窓からの景色。
思い出しそうな、でも懐かしく感じるだけのような。
そんな気持ちの中で、二学期は始まった。
「ねぇ……野崎さんて、本当に何も覚えてないの?」
「なんかちょっとやりにくいよね」
ぎこちない雰囲気を見せるクラスメイトに、私は転校生だと思ってもらえればいいと話した。
教えてもらわないといけないこともいろいろあると思うし、覚えてないんだからまた最初から友達になるしかない。
「どうせ圭吾くんも来なくなってるし、元に戻った感じじゃない?」
「そうだよね。ま、これからもよろしくね野崎さん」
「あ…、うん」
何があったかは覚えてないけど、このクラスに居にくさは感じる。
教室の隅にある一つの空いた座席も、視界に入るたびに苦しくて。
「…でも頑張んなきゃ!」
春乃は休み時間になるといつも様子を見にきてくれる。
それだけでも、心は癒された。
一日、また一日…
時間が流れれば、私の学校生活もありふれたものに変わっていった。
抜けた記憶の部分なんて気にならないくらい…、とはいかないけど
「野崎さん、次体育だよ!」
「うん、一緒に行く!」
クラスのみんなと、また笑い合って過ごせること。
それが今の私には、当たり前でありながらも幸せなことだった。
「陽奈~、部活はどうするの?」
「そっか、吹奏楽部だったんだよね。なんとなく覚えてるような…。さっそく今日から行こうかな」
「でも陽奈のフルート、修理に出したままだよ?」
「修理……?」
壊れたらしい楽器。
修理は、帰り道にあるちょっと古い感じの音楽店に頼んであるらしい。
「じゃあ今日の放課後行ってくる」
私は財布の中身を確認しながら、窓から吹き込む秋の匂いを感じた。