恋するキオク
理事長室は、3階の一番奥にある。
職員玄関わきのすぐ近くに作れば良かったのに、わざわざ階段を上がって行かなくてはいけないことが少し面倒にも感じた。
長い廊下で誰かと鉢合わせすることを避けたくて、歩き回っている生徒がいない時間を選ぶ。
もう誰かと言葉を交わすことにも、疲れを感じていたんだ。
やがて賑やかになる校舎。
窓から見える部活動前のグラウンドも、屋上へ通うために何度も通った階段も。
その時は、全部これで最後になると思ってたのに。
「ふぅーーっ、……!?」
金ノブの付いた大きな黒い扉をノックしようとすると
その手が、
一瞬その場で止まった。
誰か、いる…?
耳をかすめる…
いや違う。もっと奥までを貫いてくるその音に、オレは扉を開けることを躊躇した。
祖父ちゃんではない誰かが、そこにいるんだと思った。
それは……
それは自分の父親なんだと、どこかで勝手に理解しようとしている自分の存在を受け止めきれなくて。
ただ扉を見上げて、呼吸を忘れた。
中から聞こえてくる奏が
「K」だとわかるから…
…………
何度も深呼吸して。
いろんな感情で、次の行動がとれなくなった。
それでも、気持ちは自然にその曲に入り込む。
オレは静かに立ち聞きしていた。
その曲の最後の部分に込められた想いを感じ取ることができなくて、ずっと疑問を抱えたままだったんだ。
それを今なら、きっと理解できる。
なぜ冒頭で溢れさせた感情が、やがて迷いを表し衰弱したのか。
最後的に彷徨った気持ちは、どこへ行き着いたのか。
もう今さら知っても意味はないかもしれないのに、作った本人に聞けるなら望まないことはない。
冷たいノブを握り、オレはゆっくりと扉を開けた。