恋するキオク
約束のために
「行くんだ?学校…」
たまに荷物を取りに戻るだけの居苦しかった自分の家。
玄関を出ようとしたオレに、省吾は後ろから声をかけて来た。
あれからまた、ずいぶん顔を出していなかった学校。
でも以前とは違って、オレには行く目的がある。
会場を借りて来てくれた善矢たちの気持ちもあって、少しずつ戻し始めたピアノを弾く感覚。
新しい曲もまだ完全とは言えないけど、出来上がりの形を見せつつあった。
野崎に聴かせるだけのために、そのことしか考えないままに、過ごして来た数日間。
いつか聞かせると約束した。
でもだからって、いつまでも待たせる余裕なんてオレの気持ちの中にはなかったから。
演奏する会場と時間を伝えて、来て欲しいんだと告げること。
ソワソワする自分が、どこか照れくさいような、気恥ずかしいような、そんな気がして。
急ぐ足にも、自然と力が入っていた。
「省吾には関係ないだろ。いろいろ忙しいんだよ」
「ふーん、そう。…圭吾ってさ、オレを怖いと思うことってないの?」
「怖い……?」
省吾がまっすぐに
オレを見ながらつぶやく。
「あぁ。たとえば…、いつかオレに殺されるんじゃないかとかさ」
実際は違ってても、オレたちは兄弟として育って来た。
だから、いくらなんでもそんなことが起こるはずはない。
そう思い込もうとすることで、もしかすればオレは、省吾の存在を否定しないようにと心がけて来たのかもしれない。
怖れること。それは省吾を他人としてとらえてしまうことだと思ったから。
でも…
「そうだな、以前までは怖かったかもしれない。だからって、どうなっても構わないとも思ってた。オレが消えたって、悲しむ人間もそういないし、そのせいでお前の一生が無駄になるなら、それもいいと思ってた。
でも今は違う。オレにはもう生きる意味がある。だから…、怖くても負けられないんだよ」
こんなにお互いの意思を感じ合い、目を見て話すことはあっただろうか。
オレは今まで、ただ一度として本心を語ったことがなかった省吾の前で、自分の気持ちをそのまま伝えた。
それで省吾がどう感じても、オレにもう迷いはない。