恋するキオク
優しい温もり
「またボーッとしてる!」
「あ、春乃……」
「最近どーしたぁ?まさか!省吾先輩とケンカ中とか」
「ははっ…、違うよ」
あれから圭吾は教室に顔を出すこともないまま帰ってしまったみたいで。
次の日も、またその次の日も。学校には出て来なかった。
私のせいだったのかなって、ちょっとだけ気持ちも晴れない感じ。
「だよねぇ〜……二人とも変わらず仲良いしさ。ケンカなんてするわけないかぁ」
「ちょっと春乃、がっかり気味に言わないでよ」
「冗談、冗談!省吾先輩は陽奈に一生懸命だもん。今さらチャンスを伺ったりしませんよー」
練習に使っている教室のベランダから、グラウンドの向こう側にある河原まで
丁寧に合わせた音階が、風に乗って流れて行く。
そうだ……
圭吾の弾いていたピアノの音も、まるで風に乗ったせせらぎの音みたいに、優しくて、静かで
儚く聞こえてた。
今日も、あの場所で弾いてるのかな……
「…な、陽奈!」
「え、何?」
「もう〜!省吾先輩が呼んでるってば」
「あ……、省吾」
教室の柱に寄りかかる背の高いシルエット。
省吾は私に向かってにっこりと手を振っていた。
圭吾が学校に出て来たことは、きっと私の口から言わなくたって噂で知ってるんだろう。
そんな話題には触れないで、省吾はいつもと変わらない表情で笑ってた。
そして私は、関わらなくていいと言われた省吾の言葉に反して、圭吾に近づいてしまったことを後ろめたく感じていて。
なんとなく、素直に笑顔を作れないでいた。