恋するキオク



急に下を向いて黙り込む。

オレは野崎の頭に手を置いて、小さく息を吐いた。



「冗談」



ぼんやりとある過去を感じながら、なんとなくの感情で並ぶオレたち。

無理に笑ってみせたけど、本当は二人の時間ができるほどに、覚えていない野崎への切ない気持ちが込み上げてた。

どうして忘れてしまったんだろう。長くはなくても、同じ時間を…、確かな繋がりを感じてたはずなのにって……。



でも野崎に罪があるわけでもなくて、もちろんオレはそれを責めるつもりもない。

野崎の姿が見える位置にいられること、そして自分の曲を聴かせることができること。

それだけで、今のオレは幸せを感じられるんだってことを知ったから。




「…野崎、オレお前に聴かせたい曲があるんだ。たぶん伝えたいことはたくさんあるけど、全部上手く言えない気がするから…。20日、ここに来てほしい」



時間と場所を書いたメモを渡す。

それをじっと見つめながら、また少しずつ笑顔になっていく野崎に胸を打たれた。



ごめんな

もしかすればお前は、このまま省吾と一緒にいた方が幸せになれるかもしれないのに

やっぱり、渡せない…




「返事は急がないし、別に返さなくてもいい。どうせ観客は、お前一人だから」


「米倉くん…」


「ん?」



伺うように顔を覗き込めば、さっきまで笑ったかと思ってた顔がまた曇りだす。

瞳にためていく涙にも気がついたけど、オレは何も言わなかった。



「…私ね、いっぱいいろんなこと忘れてるんだ。それが悔しくて、苦しくて……。でもわかることもあるの。誰かを強く想ってた気持ち、ずっと見ていたかった瞳の奥も、感じる心は変わってなくて…」



野崎は震えながら、オレを見上げた。



「その相手が誰だったかも分かるのに、全部を思い出せないから…。ごめんね…、ホントにごめんね……」



一体、何に対して謝ってるのか。

だから聞きには行けない、そういうことなのか。

それとも、今は省吾がいるからオレとは……





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