恋するキオク
ゆっくりと顔を上げると、オレの腕のすぐ隣を叩いた角材がまだ震え
省吾は、沈むような表情でオレを見ていた。
「省吾…」
「お前、何のためにその腕かけてんの?」
「……何のためって」
「見守るってさ、じゃあ陽奈に何かあった時、お前はどうするんだよ」
「……」
オレが何かを理解するのに時間をかけてると、省吾はオレの腕を掴みながら大きくため息をついた。
「お前の腕…、ピアノを弾くためだけにあったのか。使えなくなったら、あいつのこと支えてやれないんじゃないのか。何が起こったって、助けてなんかやれないんじゃないのか」
「……それは」
省吾の真剣なまなざしが、オレの中に鋭く突き刺さって
「お前がピアノを弾けなくなることくらい、オレにとってはどうでもいい。でも……陽奈を守れないんじゃ困るだろ」
「省吾…」
なんでかわからないけど
胸が熱くなって
「腕かけてまで奪う気があるなら、ちゃんと最後まで責任持てよ。オレに後任せて、見守ってるだけじゃ意味ないんだよ……。あいつの気持ち持っていったって、包んでやれなかったら渡したって安心できねーんだよ!」
「……っ」
言葉も出せないくらい
全身が震えた。
それから省吾はオレに背を向けて、オレがそこから離れるまでは一度も顔を見せなかった。
ただその時、後ろを向いたままオレに話したひとつの真実。
それを受け止めることに、少し時間がかかったけど
たぶんそれは、オレを今よりもっと強くしたと思う。