恋するキオク



透けるような青が空一面に広がる。

あの頃はオレも、まだ普通に学校に通っていた。



新しい制服と鞄。

爽やかに吹き抜ける風の中で、校舎の窓から聞こえてくる楽器の音に耳を傾ける毎日だった。





「吹奏楽部?」


「うん、オレも入ろうと思うんだ。やっぱり音楽やりたいし」


「あらダメよ〜、省吾の邪魔になるんだから。圭吾は他の部活にしなさい」


「え、でも。母さん……」



吹奏楽部では省吾も活動している。

だからって、予想はしていたけどそこまで強制させられることはないと思っていた。



またなのか…



険しい表情でキッチンから顔を覗かせる母親。

やりたくても、昔から省吾が先に手を出したものは諦めなければいけないのがうちの決まり。

父親が無言で通り過ぎる。


オレは、黙って部屋に戻った。






小さい頃からなんでも省吾の方が優先だった。

それが長男。

省吾の方が可愛いんだとか、そんな皮肉を感じたことはない。

オレは弟で、兄である省吾を立てなければいけないのは当然だった。




「ボクもピアノが欲しいよ」


「だ〜め!家に同じもの二つもいらないでしょ、ピアノは省吾が選んだんだから、圭吾は他のにしなさい」


「そんな…兄ちゃんが他のにすればいいじゃないか。ピアノはボクの方が上手なのに」


「圭吾!そんなこと言わないで。省吾はお兄ちゃんなのよ」


「だって……」





我慢をすることに不満がなかったわけじゃない。

でも、親は省吾の長男としてのプライドを守ってやりたくて。

オレが省吾より上に立つ場面を、極力減らそうと必死だったんだ。



だからピアノのコンクールで賞を取った時も、省吾が入賞できなかったからってオレまで辞退させられた。

そんな話も、ずいぶん後から知ったっけ。



「圭吾は賞を貰うために弾いてるんじゃないでしょう。だから、ね?」



< 34 / 276 >

この作品をシェア

pagetop