恋するキオク



今日のこの短い時間だけで、私はたくさんの圭吾を見た。

ピアノを弾いてた、笑ってた。



でももっといろいろ知りたくて、贅沢になってく自分がいる。

こんな時間を、また過ごしたいと思ってしまう自分がいる。

どうしていいのかわからなくて。

どうしたいのかもわからなくて。



そんな気持ちに戸惑いながら、私は圭吾に付いて細い階段を下りた。

店内の明るい光が視界に入ると、階段を見上げる沢さんの姿が見えてくる。



「おっ、ちょうど降りて来たぞ」



笑顔で迎えてくれる沢さん。
そしてその隣には……



「…っ省吾」



そこには不安げにこっちを見ている省吾が立っていた。

なんで…いるの?



「陽奈……」




私が立ち止まると、圭吾も一緒に足を止めた。


どうしよう……
また、気まずくなっちゃう。



ゆっくりとこちらに近づいてくる省吾。

なんて言われるだろう。

もしかしたら圭吾にも何か迷惑がかかるかもしれない。

そんな不安で顔を上げられない私。



でも、そんな心配とは裏腹に

省吾は階段の前まで歩いてくると、いきなりその場で私を抱きしめた。



「っ、省吾…?」


「陽奈、オレのために楽譜買いに来てくれたんだってな。ありがとう、すごく嬉しいよ」



優しい声と、再び見ることができた以前と同じ笑顔。

……でも、なんで?



圭吾はその隣を、何も言わずに通り過ぎて行く。

見据えた玄関の先には、さっき話していた通りあの仲間の人たちが圭吾を待っていた。



「圭吾!今日はやけにゆっくりだったじゃん、行こう!」



軽く圭吾に絡む茜さんの腕に、何かズキっときて目を逸らす。

そして目の前には、笑顔の省吾。



「今日は送ってくよ」


「うん……ありがと」



なんでこんなに
苦しくなっちゃうんだろう。



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