恋するキオク


不意に握られる手の平。
切なくささやかれる名前。

ユリアの中にも、カイを想っていた頃の気持ちがよみがえる。



カイは幼い頃から無口な少年で、ユリアは自分の気持ちが受け入れられることなどないと思い込んでいた。

自分になど興味を持ってもらえない、所詮カイの求める視線の先は、いつも本の中の知識ばかり。

ユリアもまた、そんなカイに対する想いをずっと抑えて生きてきていたのだ。

追い打ちをかけるように現れたカイの婚約者の存在も、結局は互いに相手を諦めるすべのようなもの。

しかしこの時、そんなものに惑わされないくらいの想いが、二人の間で繋がった。



誰もいない皇室の庭で、誰にも見つからないように小さく言葉を交わす。

そんな二人の関係は、日に日に戻れない域へと達して行った。





やがてシュウは国外から帰国すると、どこからともなくカイとユリアの噂を聞き付ける。

シュウはすぐにユリアを自分の元へ引き戻そうと、早急に婚礼の準備を始めた。

そして二度とカイの元に行けないようにと、自分自身をユリアの体に刻み込んだのだ。身籠らせてしまえば、どうすることもできないはず。



しかしそれでも密かに会うことをやめられなかったカイとユリアの二人は、誰もが寝静まった深夜に手を取り合い、国を去ることを決める。

誘拐犯として指名手配されるカイ。

シュウは自らの職業を利用して事を大きくしていった。



逃亡の間もカイはユリアの体を気遣う。

ユリアは自分が守る、この先どんなことがあっても絶対にユリアを離さない。

疲れ果てて眠る横顔も、乱れてしまった髪も、そのどれもが愛おしくて仕方ないのだ。

「ユリア……」

汚れた手の平を服にこすりつけて、カイはその手でユリアの頬に触れた。

ここまで何一つユリアに手を出すことはしなかったカイ。

どこかでまだ、自分のものになったわけではないユリアに自制心をきかせていた。





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