恋するキオク



自分に呆れて溜め息をついた。

隠せば想いは膨らんで、伝えれば相手が傷付くことになる。

だから



「圭吾…、もしかしてあの子のこと好きなんじゃないよな、省吾さんの彼女」



半分怒ったように見上げる茜。



「…お前、バカじゃねぇの?」



だから、
偽るしかないんだよ。

オレの本当の気持ちなんて。



「だ、だよな?そんなわけないよな。自分の兄貴の彼女を好きになるなんてさ。ははは、あたし何言ってんのかなぁ」



オレがポケットに手を入れると、曲がった肘から茜の腕が滑り込む。

ぐっとオレを掴んで、寄り添うように頭を預けて。



「なんだよ」


「いいだろ、別に〜。……どうせ、あたしの気持ちだってわかってるんだろ?」



急に甘えるような声を出して、その声が夜に小さく消えていった。

たしかにオレもそこまで鈍感じゃない。

でも…



「オレ茜のこと、そんなふうに見てないよ」



オレが静かにそう返すと、茜はしばらく黙ってた。そして



「いいんだよ、それでも。こうやって近くにいれたら、あたしそれだけで嬉しいからさ。だから…今日は二人だけど泊まっていきなよ」


「……わかった」




夜の風に、他のメンバーの笑い声が融け込む。

人はどうして、こんなにも不器用なのかな。

楽器を手にすれば、どんな想いも自然と流していくことができるのに。

言葉にしようとすれば、つまずいてばかり。



茜のことは嫌いじゃない。

一緒に眠ることだってできるよ。

でも今は、他の理由で茜を利用してしまいそうで。

たぶん茜は、それでもいいって言うんだろうけどさ。




本物のピアノじゃなくて、ずいぶん使い古されたキーボードだけど、オレの満たされない心を音色は少しずつ癒していってくれる。

茜のギターの音も、他の奴らのベースやドラムの音も。

混ざり合って、ひとつになって。



どこに向かって届いていくのかな。

目の前で言わなきゃ伝わらない言葉も、どこかで耳にできる音楽なら、いつか伝わっていくのかな。



オレは無心で鍵盤を打ち続けた。



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