恋するキオク
「キャーッ!」
先生が悪かったわけじゃない。
でも、もう省吾は止められなかった。
「やめなさい、省吾!」
「兄ちゃん、やめろよ!」
小さい頃から突発的に心を揺さぶることが起きると、情緒が不安定になって自分を抑えきれなくなる。
自分よりオレが誉められたことが気にいらなかった省吾は、庭から持ってきた石や植木をピアノに投げ付けたんだ。
オレはピアノを守りたくて、大きく開いたグランドピアノの弦をかばうように手を広げてた。
飛んでくる石なんて避けてる場合じゃない。
ピアノが、ピアノが壊れる!
我も忘れてあらゆるものを投げ付ける。
すると次の瞬間、省吾は部屋にあった大きな彫刻を持ち上げて…
「省吾!圭吾!」
こういう時って、子供でも信じられないくらいの力が出せるんだな。
投げられた彫刻は、口を開けるように待っていた沢山の弦の上に勢い良く落ちて。
切れて跳ね返った弦は、子供の皮膚なんて容易に切り裂いた。
そしてオレに飛びかかった省吾の指は、上から落ちてきたピアノの大屋根に押しつぶされたんだ。
あれからオレは肩に負った怪我で、力を込めるような激しい曲は弾けなくなって。
省吾は、繊細な指の動きで曲を奏でることはできなくなった。
もう10年近くも経つのに、オレたちの関係はずっとこんな感じだ。
「なぁ、圭吾。オレが本当にピアノを嫌いになったと思う?
……大好きだったよ。大切だったよ。でもお前に取られるくらいなら、無くなればいいって思ったんだ。
オレ、もう大事なもの壊したくないんだよ。わかるだろ、圭吾」
「…何のことだよ」
もうあんなことにならないように、誰も傷付かないように。
親がオレの行動を抑えてきたこと。
オレたち二人を守る方法でもあったこと。
「……陽奈のこと、オレから奪おうなんて思ってないよな?好きになんかなってないよな?」
それを、破るくらいの自信が
オレにはまだなかった。
「好きなわけ…ないだろ」
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