透明探し
実に情けない事であるが私は年端も行かぬ、それもとびきりあどけなさの残るその少女の視線を受けてたいへんおののいてしまった。

思考が回る前にまず真っ先に彼女へロックした視線を彼女の手前のテーブルに移し、「貴女の事は見ていませんよ、テーブルを見ていたのですよ、そうしたら目が合ったんですよ」の風を醸し、先程口に入れた珈琲をもう一度手に持ち啜る。
その様はそれはもう無様で、ぶくぶくずぶずぶと汚らしい音を立ててゴキュンと飲み込み、ガチャリとテーブルに置いた。
年の功とはいったいなんだったのか。
私は知らない。

彼女が先程のようにまだ私を見つめていたとしたならば、少女心ながらに私をあざけり、無様なり大人と上品かつ不条理に見下している事だろう。
それを思うと私の顔は赤みを帯びて熱を上げ、直ちにこの場を立ち去る事もやぶさかではない心情である。
帰りたい。

それをしない理由もまた無様であり、負けた気になると言うか、大人の面目を保ちたいと言う実に矮小かつ下らないプライドのせいである。
今にも彼女の嘲笑が店内のクラッシックに乗り私の耳に届きそうだと言うのに、逃げない私は心が強いのかも知れない。
そうやって自身を慰め鼓舞する脳内の様もまた、無様であった。
救いようの無い阿呆であることは間違いない。

しばらくしてマスターが彼女の話を聞き、幾つかボソボソと会話を繰り広げると、彼女のテーブルから下げたカップをトレンチに乗せ向かってきた。
それは助け舟のようでいて何かの強迫観念も背負っており、またしても私はあたふたと頭を振り首振り人形に扮した。
そしてその過程で視線は逃げ口を見付けたが、その口を通れば無銭飲食となり色々と失うので逃げるのはやめた。

マスターが数秒かからず私の目前に到達すると、まるで注文を伺うかのように身を屈めて小さく呟く。
私の視線と彼の視線は交錯しない。
私は幼少から人の目を見ない事に、見れない事に長けていると自負してはばからない。

「あの子の事は気にしないで。特別なお客様なんです、粗相があってはいけない。……まぁ、こう言うのも何ですが」

私と向かい合い屈んだまま頭を動かさず、視線だけで彼女を見る。
しかし彼女のテーブルは彼の真後ろ、その奥の奥にあるのでその状態では実際には彼には見えまい。
アイサインと言うやつだろう。
マスターはまたこちらを見据えて言った。

「絶対、絶対に関わり合いにはならないで下さいね。絶対ですよ。ろくでもないことになりますからね」

さらさらと強く念を押し、その場を立つ。
直後「忠告しましたからね」と更に釘を打ってカウンターへと戻っていった。
私の頭にだけ台風が通り過ぎ、数秒間何が何だか分からなかったが、何か質問すべきだったのかも知れないと後に気付く。
我ながらどうしようもなく愚かで、辟易とした感情を帰路にポイ捨てして忘れようとした事にも愚かさに表れがあろう。
現に、ポイ捨てする勇気もなく大事に抱えて持ち帰り、忘れられていない。

それがその日の出来事である。
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