妖刀奇譚
思葉のような能力を持たない人には、あの鏡のように見えるのだろう。
(……鏡に姿が映らないなんて吸血鬼みたい)
格好はまったく異なっているが。
「おお……これが、人型になったおれか。
浮世離れしているような気もするが、悪くないな」
どうやら、玖皎には鏡に映る自分の姿が観えているらしい。
顔を輝かせている玖皎に声を掛けようとして、思葉はどきりとした。
急に足が動かなくなった。
重石をのせられているようで前に進めない。
(え?なに、足が……)
戸惑った直後、寒気が走り全身が小刻みに震え始めた。
目を落とした右手の指先まで細かく震えている。
目尻に涙が盛り上がって視界がぼやけた。
(あ、ちょっとやばい……)
思葉は重い足を無理矢理動かして、倒れこむように玖皎にとびついた。
玖皎が頓狂な声を上げる。
水干を掴み、背中に額を押し当てて、思葉は玖皎の姿が実体をもったものであることに気づいた。
「おっ、おい、思葉。急にどうした?」
「ごめん、ちょっと背中貸して」
声が震えてしまわないよう腹に力を入れて、思葉は早口に言った。
残りの息は言葉にならず一気に漏れ出ていく。