妖刀奇譚
自分の髪に櫛が通る幽かな音以外何も聞こえない。
けれども、この沈黙は苦痛ではなかった。
櫛が通るたびに、じんわりとした仄かな温もりが伝わってくる。
やがて、付喪神が「終わったよ」と言うように思葉の両肩をぽんと叩いた。
思葉は目を開けて髪に手を伸ばす。
びっくりするくらい触り心地が違っていた、するすると指の間を抜けていく。
髪を一房つまんで見てみると、綾乃の美髪と張り合えるくらい艶やかになっていた。
「すごい、髪がこんなに奇麗になったこと、今までにないよ……ありがとう」
思葉がお礼を口にすると、付喪神が頬を赤く染めて笑顔になった。
この上ないほど嬉しそうな顔をしている。
観ているこっちまでくすぐったい喜びを感じそうだ。
付喪神が嬉しくてたまらない様子で思葉の首にとびつく。
軽いがなかなかの衝撃に尻餅を打ちかけたのをどうにかこらえ、思葉は付喪神を今度は優しく抱きしめ返した。
ふわりと木の香りが漂う。
それと同時に、童女の身体が白く光り始めた。
月よりも眩しい光に思わず顔を背ける。
『ありがとう――……』
思葉の心に直接、無邪気で明るい声が届いた。
腕の中にあった感触が薄れていく。