妖刀奇譚
顔を戻すと付喪神の姿は光の粒となり、シャボン玉の泡となって空へと浮かんでいく。
灯篭流しにも観えるそれは、まるで魂が天へと召されていくように映った。
思葉はゆっくりと立ち上がり、月に向かって光が舞う夜空の彼方を見つめる。
夢を観ている心地で呆然としていたが、ふと胸の前に寄せている手の中に何かがあるのに気づいた。
目を向けると、そこにはあの照柿色の櫛があった。
しかしそれは思葉が手を開くと同時に、歯がぱらぱらと砕けて地面に落ちた。
持ち手の部分にも深い亀裂が入り、軽い音を立てて真っ二つに折れる。
(……これで、成仏……できたのかな?)
もう一度空を見上げる。
光はどこにもなく、雲に囲まれた月だけが静かにそこに居る。
すると突然、全身から力が抜けた。
身体を支えられなくなった両脚がくにゃりと足首から折り曲がる。
「思葉っ!?」
玖皎が強く地面を蹴り思葉へ駆け寄る。
無意識のうちに、思葉はこちらに突き出されている玖皎の手に自分の手を伸ばしていた。