妖刀奇譚
十津川が思葉に気付き優しげに笑いかける。
思葉はお役所勤めの人間に苦手意識を持っているが、十津川は例外だった。
首を竦めるようにして軽く頭を下げる。
「こんばんは。あの、もしかしてこの太刀を持ってきたのは十津川さんですか?」
思葉が尋ねると十津川は番台に書類を置いて頷いた。
「そうだよ。ぼくが、というより市役所がと言った方が正しいかな?」
「はい?」
「いや、先日ね、北のしのぎ山にあった廃神社の取り壊し作業があったんだよ。
持ち主もいないし、荒れ放題だし、管理するにも老朽化がひどくてね。
で、その作業中にこの刀が置いてあったのを見つけたんだよ」
思葉は太刀を見てからもう一度十津川を見上げる。
「じゃあ、これは御神体なんですか?」
「ううん、御神体は古い鏡で、この刀はその横に置いてあっただけだったみたい。
でも処分するわけにはいかないから、県の教育委員会に鑑定してもらってね。
市役所に返ってきてから開かれた会議の中で、満刀根さんに引き取ってもらおうという話になったんだよ。
市に返されたということは県の美術館や博物館で保管する必要性がないと判断されたわけだし、この市にはそういう施設がないだろ?
刀剣店の青江(あおえ)さんには断られてしまってね、他に頼める人が骨董品屋を経営している満刀根さんしかいなかったんだよ。
本当に、引き受けてくださって助かりました」