妖刀奇譚
(こ、小童って……)
ちび、小娘、小童。
小さいという言葉から離れてもらえなくて少しだけ傷つく。
すると階段の下から永近の声が飛んできた。
「おうい、思葉ー、今日の晩飯はおまえの当番だろう?」
「いけない、忘れてた。今行くー!」
喋る太刀に遭遇し、その相手をしていたらすっかり失念してしまっていた。
思葉は叫び返し、クローゼットの前に移って部屋着に着替える。
机から教科書が落ちてきた、だの、おれの目の前で着替え始めるのはやめろ、だのと太刀から文句が飛んできたがすべて無視した。
『おれ』と言っているので男のようであるが、無機物に意識する必要はない。
別に裸になるわけではないのだから。
「何て呼べばいいの?」
「は?」
「あんたのこと、名前分からないし……三条でいい?」
「それはおれをつくった刀工の姓だ、おれの名ではない」
「じゃあ何て言うのよ?」
ドアノブに手を掛けながら思葉は振り返る。
すぐに答えるのかと思ったが、太刀はしばらく黙していた。
ちくたくと時計の針が進む音だけが間に流れる。
その音が何度か刻まれたところで、ようやく太刀は静かな声音で答えた。
「霧雨玖皎(きりさめくしろ)。それがおれに与えられた名だ」