domino
 一人の男が僕の胸ぐらを掴んでこう言った。
 「なんか、用か兄ちゃん。」
 男の顔を見る限り、たぶん、僕より年下。それも高校生ぐらいだという事はわかった。そんな子供だとわかっても、相変わらず僕は情けなく彼に話しかけた。
 「あのですね。」
 そこから、先の言葉がなかなか出てこなかった。その態度がいっそう彼を苛立たせたようだった。
 「で?」
 鞄にゆっくり視線を移して、彼にゆっくり話しかけた。
 「あの鞄、僕のだと思うんですよ。返して頂けたらなと思いまして・・・。」
 その言葉を言い終わる前に、僕は星空を見上げていた。右の頬がとても痛かった。
 「あの鞄がお前のだ。ふざけるな。あれは俺たちの物だ。」
 そう言いながら、僕を蹴りつけてきた。残りの男たちもそれに加わってきた。口の中に血の味が拡がってきた。それでも僕は鞄を取り返さなくてはいけないと思っていた。とにかく、チャンスを伺って、鞄を持って逃げよう、そう思ってひたすら耐えていた。
 気持ちはそう思っていても体はそうもいかなかった。だんだんと手足の感覚がなくなってきた。目の前もだんだんと暗くなってきた。そして、気持ちもだんだん萎えてきた。もう、目の前は真っ暗だった。
 突然、目の前が血でも滲んだかのように真っ赤になってきた。その中に、真っ黒な顔、でも、目や鼻の穴、口が真っ白な人間たちの顔が見えてきた。僕を蹴り飛ばしているように見えた。
 「この顔はあいつらなのか?」
 薄れていく意識の中でそう思った。その時、僕の意識と入れ違いにするかのように、あの声が聞こえてきた。
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