domino

　先輩は女子社員と仲良く会話していた。その会話を遮るように、僕は先輩を手招きして呼んだ。
　「吉原先輩。」
　僕の表情から用件を悟ったのか、わざと気がつかない振りをして、僕の方に来てくれなかった。しかたなく、先輩の手首を掴み自分の席の所に連れてきた。
　「先輩、今日の6時頃、用事あります？」
　「うん。あるよ。デート！」
　どうやっても、目の前の現実から逃げたいようだった。でも、本来の担当は先輩だから、そう思い先輩の答えを無視してそのまま続けた。
　「今朝、見せたDVDの事なんですけど、トランスライダーの社長が回答ほしいみたいなんです。それで今日の6時頃に来いって言うんですけど。」
　「だから、俺はデートだって。」
　とにかく現実を受け入れる気がないようだった。
　「でも、本来の担当は先輩ですよ。行かないとまずいんじゃないですか？」
　不安を煽れば少しは現実に戻ってきてくれるかと思ったが、相手の方が何枚も上手だった。
　「昨日、この話を聞いたのは大河内じゃん。だったら、トランスライダーの社長も大河内が行った方が安心すると思うんだよね。」
　いかにも最もらしい返事をしてきた。口では先輩にかなわなかった。
　「わかりました。じゃ、行ってきます。」
　そうは言ったものの不安でいっぱいだった。例え、さっきあの声が聞こえたとしても自信が持てなかった。そして、その不安を更に煽るかのように先輩がこう言った。
　「大河内、和田さんにはなるなよ。」