domino
 会議室に彼女がやって来た。彼女もなんでここに呼ばれたのかわからず、びっくりしているようだった。
 「まずはこっちの問題からかたづけないとな。仕事の話はそれからでもいいだろう?」
 半ば強引に社長は話を進行しだした。もう、素直に従うしか道はないように思えた。
 「はい。」
 ただ、一言返事をした。
 「友里、今ここにいる彼がお前と“お付き合いさせていただいている”と言っていたのだが本当か?」
 社長のその表情からは怒っているのか、それともこれが普通の表情なのか、全く読み取る事が出来なかった。ただ、親の顔になっていると言う事は間違いないと思った。
 そして、彼女は父親のその言葉に驚き、そのあと僕の方を一瞬見た。僕はその一瞬の視線で“嫌われた”と思った。いくら舞い上がっていたとはいえ、勝手に付き合っているなんて言われたら誰だって気分を悪くするだろう。まして、僕みたいな奴に言われたらなおさらだ。もう、この場から逃げ出したい心境だった。
 しかし、実際には驚くような仕草を彼女がした。一瞬だけ僕を見ると顔を薄く赤らめ、黙って頷いたのだ。彼女のその仕草を見た瞬間、この場で起きている事は夢に違いない、無意識にそう思ってしまった。
 「そうか。わかった。」
 そう答えた時の表情は、悲しそうでもあり、でもうれしそうでもある、そんな表情だった。そして、一息つくと僕に話し出した。
 「この子はなかなか良い出会いがなくてね。つらい思いもたくさんしてきたみたいなんだ。大河内君。君の事は信じている。だから、娘を悲しませるような事だけはしないでくれ。」
 そう言って深々と頭を下げた。夢の中にいた僕はそんな社長を見て、現実に引き戻された。慌てて立ち上がり挨拶をした。あまりにも慌てて立ち上がったので、目の前にあるテーブルに思い切り足をぶつけてしまった。思わず悲鳴をあげたくなる位に痛かった。
 「こちらこそ、よろしくお願いします。」
 社長に一礼、そして次に彼女に一礼した。頭を上げると彼女も僕に軽く会釈をしてくれた。彼女が会釈をしてくれた事、その事が僕と彼女が付き合う事になるという事を約束してくれた。今まで付いていない人生を送ってきた僕にとってはあまりにも大きな出来事だった。
 さっきぶつけた足の痛みはそれだけで簡単に忘れられた。
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