ピアノを弾く黒猫
第1章
まだ遠い
大きなホール内に響く、お客さんの盛大な拍手。
主役はあたしじゃないけれど、自然に嬉しくなる。
あたしも主役に倣って頭を下げた。
「お疲れ様、優(ゆう)ちゃん」
「お疲れ様でした、奈々恵(ななえ)さん」
菱川(ひしかわ)奈々恵さんは、有名なバイオリン奏者。
ランダムに巻かれた茶色い髪が、ふわふわと風に靡いた。
あたしは幸せ者だと思う。
だって音楽をやる誰もが憧れる奈々恵さんと一緒の舞台に立って、ピアノを弾けるのだから。
あたし、
並木優子(なみき・ゆうこ)。
ピアニストを目指す、音大の2年生。
奈々恵さんを含む皆からは、「優ちゃん」と呼ばれる。
「本当優ちゃんってピアノ上手いわよね」
「ありがとうございます。
奈々恵さんにそう言ってもらえると、嬉しいです」
「優ちゃん将来は、どうするの?」
「大学を卒業したら、海外へ行くつもりです。
有名なピアニストの方に弟子入りして、本当にピアニストを目指します」
「大きな夢ね、優ちゃん。
でも素晴らしいことよ、頑張ってね」
「はい!」
あたしは大きく頷いた。