ピアノを弾く黒猫
懐かしいチラシを見ていると、当時は気にしていなかった演奏者の名前が目に入った。
「…嘘……」
【演奏者 黒田初夜】
あの時ピアノを弾いていた演奏者が…黒田くんだったなんて。
あたしがピアノを始めるきっかけを作った演奏者が、黒田くんだなんて。
…知らなかった……。
6年前、黒田くんはピアノを辞めた。
この公演を見たのは12月だったから、この直後にピアノを辞めたんだ。
もし年明けの1月だったら、5年前のはずだから。
…何で黒田くん、ピアノ辞めちゃっちゃんだろう……。
あたしがピアノを始めるきっかけの人だったのに。
「優子、初夜くんと何かあったの?」
「……」
「もしかして、喧嘩でもしたの?」
お母さんに嘘はつけないのを知っているので、あたしは頷いた。
お母さんは溜息をつき、部屋の片隅の花瓶へいれられた白薔薇を見た。
「だろうと思ったわ…。
最初からこうなると、思っていたもの…」
「お母さん……?」
白薔薇の蕾に触れながら、お母さんが呟く。