ピアノを弾く黒猫
そして6年前の12月、俺はピアノを辞めた。
弾く意味がわからなかったから。
お金目当てに弾くピアノが、お客を心から笑顔に出来ると思っていないから。
俺は女の人―――菱川奈々恵さんの元でバイトするようになった。
奈々恵さんは俺の父親が残した借金を全て返してくれた。
俺にとっては、頭が上がらない人だった。
「初夜くん。
この人がアタシの好きな人―――生島聖よ。
そして彼が愛する女が、並木優子よ」
優子さんと生島さんの写真を見て、俺は驚いた。
あの時楽譜をあげた少女―――並木優子と名乗っていた。
ピアノと一緒に写っていた写真を見て、ピアニストになったんだと思った。
真っ直ぐな瞳で俺の音色を聞いていた優子さんが、夢を叶えたんだ。
「並木優子と生島くんを引き離してほしいの。
あなた確か、昔年上と付き合っていたわよね」
「中学の時ですよね。
あの時、断れきれなくて付き合いました。
優子さんのこと、任せてもらえますか」
「お願いね、期待しているわ」
そして俺は、奈々恵さんの出るコンサートに優子さんが伴奏として出ることを知り、観に行った。
笑顔で自由に、楽しそうにピアノを弾く彼女を見て、俺は思わず涙をこぼした。
俺も、父親が借金を残して行方不明なんてことにならなければ。
あんな風に、自由に弾けていたのだろうか?
優子さんのように、幸せそうに―――……。