ピアノを弾く黒猫
コンサートを終えて帰る途中の優子さんに、俺は話しかけた。
優子さんは俺のことを忘れていたようで、ストーカー扱いだ。
でも、良いんだ。
俺はもう、ピアノなんて弾かないと決めていたんだから。
俺の弾くピアノは、人を笑顔になど出来ないのだから。
だけど、純粋にピアノを愛している優子さんを見るうちに、俺は優子さんに連弾をお願いしていた。
6年前、俺の楽譜をもらい、ピアノを弾くんだと自信満々に言いきった優子さん。
1度で良い、連弾したいと思ったんだ。
それで、最後にするから。
優子さんにも、ピアノにも関わるのには。
だから俺は、“心にもない恋”という花言葉を持つ白薔薇の蕾を選んだんだ。
必要以上に、優子さんとピアノに関わりたくないと思ったから。
優子さんが俺に惚れたら、激しくフッて、別れてしまえば良い。
そう信じていたんだ。
それなのに。
俺は優子さんから離れたくないと思ってしまっている。
もっと近くで、優子さんのピアノを聞きたいと思ってしまう。
ピアノをお金でしか見られなくなった俺が、純粋にピアノを愛する優子さんに触れてはいけないはずなのに。
きっと俺は、諦めきれていないんだ。
優子さんから離れたくない。
ピアノを辞めたくない。
優子さんと一緒に、
もう1度、連弾がしたいって……。