悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜

このドレスを着るために、体中を磨きあ

げたのだ。


時間が迫っているのか放心している私を

置いて次々と進行していく。


大きな鏡の前に座らされ、1人は髪をセ

ットし、もう1人は化粧をしていく。


鏡の中の私は、どんどん別人に変身して

いくのに、心はついていかない。


彼の求める女性像なのだろう。


色気を前面に押し出した大人の女がそこ

にいた。


馬子にも衣装と言うことわざが当てはま

る。


三十路の冴えない私は、どこに行ったの

だろう?


普段の私、あの日の私でもない別の女が

目の前にいる。


女は化粧で化けていくつもの顔を持つ…

まさにその通りだ。


「お客様、とてもお綺麗です」


店員の言葉は、歯が浮くような賛辞にし

か聞こえなかった。


「別人みたいです。1人ではとても無理

でした…皆さんのおかげです」


鏡に映る自分は、彼女らに作られたもの

だ。


「いいえ…お客様は、自分の良さを知ら

なさ過ぎます。私達は、お手伝いしただ

けですよ」


「自分の良さですか?」


「はい…お洋服選びも色ひとつでお顔立

ちを引き立てますし、髪型でも雰囲気が

変わりますよ。スタイルも抜群なんです

から、自信を持ってください」


「そうでしょうか?」


「はい…私が保証します。ですからどん

どん、イメージチェンジしてみてくださ

い」


自信満々で言い切る店員に圧倒され、素

直に答えてしまった。


「ありがとうございます。頑張ってみま

す」


「そろそろ、お迎えのお時間です。さぁ

、アクセサリーをつけて彼を驚かせてあ

げましょうね」


含みのある言い方に疑問符が脳裏によぎ

るが、彼女から渡されたダイヤのついた

プラチナのチェーンピアスをつけた。


彼女について待合室に行けば、彼が外を

眺めて待っている。


スーツ姿も素敵だと思うのに、タキシー

ドを着て、髪を後ろに撫でつけている姿

に心を奪われていた。


あの日の夜のように…


彼から目が離せない。


ドキドキと高鳴る胸の鼓動


静まってほしい


彼に聞こえてしまいそうで、胸を押さえ

た。


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