悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
「どうだった⁈君が恋人役を演じきれて

ないから、会長も初めは君を秘書としか

見ていなかった。会長の孫は、婚約者と

紹介しても動じることがなかったよな。

演じてみせると言ったくせに結局、最初

から最後まで俺任せだったのは誰だ⁈」


彼は、ベランダに寄りかかりこちらを見

つめる。


「……ご自分で乗り切れるなら私がいな

くてもよかったと思います」


彼に役立たずだと言われたようで、悲し

くてうつむいた。


(私なりに頑張って笑顔でいたのに…)


「そんなことはない。君がいたおかげで

会長も俺の嘘を信じてくれた…あの孫を

紹介されたら断りにくかったから、助か

ったよ」


先ほどの辛辣な言い方はどこへ行ったの

か、今度は、優しく微笑みお礼を言うな

んて…彼がわからない。


彼の返答に戸惑っていると、ベランダの

縁にグラスを置き私の手を引っぱる。


彼の腕に捕らわれ、手に持ったグラスか

らワインが少し溢れるのが見えた。


急にどうしたのかと顔をあげると、頭部

を押さえられ唇にキスをされた。


彼の唇が、何度か啄むキスをして、その

うち角度を変え唇を堪能しだす。


これも演技なの⁈


窓ガラスの向こう側には、こちらの様子

を伺う人々がいる。


彼らに見せつけるだけのキスなら、もう

十分だと思うのに…彼は一向にキスをや

めてくれない。


これ以上のキスなんて無理…


演技なんて忘れ、彼とのキスに酔いしれ

ているというのに…熱を帯びた唇を必死

に離し、甘い痺れを隠して彼を睨むと熱

をはらんだ瞳が目の前にあった。


彼も、キスに酔いしれていた。


そんな瞳で見つめられると、身体の奥が

あの日を思い出し疼きだす。


ダメだ…


今、逃げなければ彼から離れなれなくな

る。


「…副社長……これ以上は必要ないと思

います」


彼の胸を押し、一歩後ろに下がると彼に

背を向けた。


こんな顔を見られたくない。


自分から逃げたのに…身体は彼を求めて

いる。


欲情している表情なんて見せれない。


グラスの中のワインを一気に飲み干して

、潤んだ瞳をお酒のせいにする。


「いつまでもここにいては挨拶まわりは

終わりませんよ」


背を向けたまま、明るい声で彼に呼びか

けた瞬間、背後から抱きしめる彼が耳元

で囁いた。

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