悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
「挨拶なんてどうでもいい…胡桃、君も

感じたはずだ…キスの続きをしよう」


甘いハスキーボイスに、心も身体も支配

されていく。


彼は私の手を繋ぎ、横切る人々に挨拶を

そこそこにして、エレベーターに乗り込

んだ。


扉が閉まる瞬間、遠くで会長の孫がこち

らをの見ていた。


彼は気づいていたのだろう


だから、ボタンを押すと覆いかぶさり抱

きしめてくる。


これも演技なの⁈


彼女に見せつけ諦めさせるためにしてい

るのだろうか?


でも、なぜそこまでして結婚を拒むの⁈

彼には、メリットしかないのに…

エレベーターが上昇すると、頭上から痺

れるような甘い囁きを吐く男。


「……逃がさない」


そのままエレベーターの壁に追いやられ

、うつむく私の顔を捉えるように腰を屈

め顔を近づけてくる。


「……副社長」


「違うだろう…零って呼べよ」


鼻先きがかすめる距離で見つめられ、彼

の熱がこもった声に誘導される。


「…れ、い」


「……俺を煽っているのか⁈」


「……」


チッと舌打ちする。


呼べと言われて呼んだのに、煽っている

のかと怒られる理由がわからない。


彼の言動に戸惑い、自分はどうしたいの

かわからなくなり彼をつき飛ばした。


「キス以上はしないと約束したわ。お願

い…気が済んだでしょう。私を帰して…

…」


半泣きの私が喚くなか、距離を縮めた彼

が頬を伝う涙を指で拭い、両手で顔をと

らえる。


「……泣いても帰さない。逃がさないと

言ったはずだ…素直になれよ」


言葉とは裏腹に優しく触れるキスに、涙

が溢れる。


好きになってはいけない人を好きになっ

てしまったと気づかされてしまった。


自分の気持ちにずっと前から気づいてい

たのに、ごまかして、嘘をついて逃げて

いた。


私は、過ちを犯す。


認めてしまうと心はもう止まらない。


彼の心が読めなくても身をゆだねよう。


例え、後戻りができなくても後悔はしな

い。


「1度でいいの…零、私を抱いて…」


「…………今日は逃げるなよ」


エレベーターが止まり、扉が開く。


彼に腕を掴まれたまま、部屋にカードキ

ーをかざすとガチャとドアが開き部屋の

中を足下の照明が照らす。


薄暗い部屋に引き込まれ、奥へと歩みを

進めれば、外の明かりで窓ガラスに映る

2人。


あの日も、どこの誰とも知らず薄暗い部

屋のなかで彼に背後から抱きしめられた。
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