悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
反論する隙も与えてくれず、ドアの向こ

う側に誘導される。


毛足の長いふかふかの絨毯を5センチの

高さのパンプスで歩くと毛足に足をとら

れ体がふらつくが、歩みを進め応接間の

向こうにあるドアをノックする。


「……どうぞ」


穏やかな返事に横暴なイメージがついた

彼と別人のように思えた。


「失礼します」


恐る恐る、ドアを開ければ社長室並みの

豪華な部屋に萎縮する。


「……遅かったな」


机の上の書類に目を通しながら、一度だ

けこちらに視線を向けた。


「ご用はなんでしょうか?」


「……」


沈黙がもどかしい。


「早速で悪いが、今日の夜、パーティー

に同伴してほしい」


「私がですか?」


「そうだ。だから、その堅苦しい地味な

スーツではなく、ドレスを着てもらう」


「……?」


急に言われてもドレスなんて持っていな

い。


「ドレスは、こちらで用意する。君は、

峯岸に言われた時間に店に向かえ。後は

、向こうが支度をしてくれるはずだ」


「そこまでして頂かなくても、私の方で

準備します」


「……君には、大事な役目をしてもらう

んだ。そこら辺で借りてきたドレスでは

困る。意味がわかるか⁈」


安っぽい服装では困るって事よね。


「……はい。ですが、『話は以上だ』」

言葉を遮られ、彼の思考は目の前の書類

に向かった。


もう話す事はないと態度で示され、副社

長室を後にした。



「宮内さん、副社長から今夜の事は聞き

ましたか⁈」


「……はい。ドレスで同伴との事でしたが…」


「それだけですか⁈」


「いいえ…峯岸さんの指示に従い、お店

へ行き、ドレスに着替えろとの内容でし

た」


なぜ、私が⁈


それになぜ、私がついていくの?


峯岸さんは、私の心を読んだように答え

てくれた。


「君を伴う理由は副社長に群がる令嬢達

、あわよくば、娘を嫁がせたいと企む親

達を排除するためです。簡単に言えば、

恋人のふりをしてもらうということです

よ」


そんな……誰も私の気持ちなんて知らな

いから仕方ないのかもしれない。一緒に

いるだけでも胸が張り裂けそうなのに、

残酷な仕事だ。


「……私が、恋人のふりですか?」


「恋愛感情を持たれると困りますから

、結婚する予定の君なら適任でしょう」


なぜかグサッと胸に突き刺さる。
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