悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
「……何か気に触ることを言ったのなら

謝ります。ですから(そんなに近づかない

で下さい)」


最後の言葉は、キスとともに飲ま込まれ

てしまった。


突然、唇を塞がれて彼の胸を手のひらで

押すと、噛みつくような荒々しいキスに

かわり抱きしめてきた。息も絶え絶えに

彼の胸を手のひらで何度も叩き抵抗する

も彼は動じず、抱きしめられたまま机の

上に倒れるように寝かされた。


彼は、両手を机につき体を少し起こすと

私の髪を撫でる。


そして、彼の癖なのか⁈


さっきまで触れていた唇をゆっくりと指

先でなぞっていく。


扇情的な指の動きに耐えきれなく体が震

えた。


ゴクンと息をのみ、彼を見つめる。


なぜ、またキスをしてくるのだろう?


あの日の私じゃないと自分でも納得して

いたのに、何を確かめたいのか?


「……ふ、くしゃちょう」


また、下唇を指先でなぞり命令する。


「零…零と呼べ」


「……副社長を呼びすてにはできません

。それに、このような行為は……」


今度は、最後の言葉を発することも許さ

れず唇を塞がれてしまう。


抵抗する手を机に押さえつけられ、許し

てもらえない。


「……ふっ、はぁ、はぁ」


やっと解放されると残酷な命令。


「峯岸から聞いただろう…君には恋人役

を演じてもらう。だから、こんなことに

も慣れてもらおうか⁈」


「……そんな…私にはできません」


苛立ちをみせる彼にトドメを刺される。


「今すぐ、職を失ってもいいのか?3ヶ

月後、寿退職できるかは君次第だよ」


ただでさえ、行き遅れと後ろ指さされて

いるのにこれ以上の恥の上塗りに母は許

してくれないだろう…。


だが、恋人を演じるのにそこまでする必

要があるのだろうか?


できるなら、今はこれ以上触れないでほ

しい。断れば、彼がどんな行動に出るの

か想像がつかない。


キスの余韻を残して答えた。


「わかりました…キスが必要であれば応

じます。ですが、それ以上の行為をする

のであれば、副社長をセクハラで訴えま

す」


彼は、私の答えに満足すると体を離し距

離を置いてくれた。


「約束は守るよ」


頬を緩め、微笑む彼の企みなどこの時の

私は気づきもしなかった。


罠だと知らず、彼というオリの中に足を

踏み入れてしまったのだ。
< 8 / 69 >

この作品をシェア

pagetop