命の上で輝いて
美優が帰ってしばらくして、靖も病室に顔を出した。仕事柄帰りの遅い靖と美沙が平日に顔を合わせて話をすることは久しぶりの事だった。
「お父さん老けたね」の美沙の言葉に、電話で雅子から聞いたとおり本当に美沙の記憶が抜け落ちたということに不安を感じたが、雅子や美優と同様、それはここ数年の記憶であって、自分のことを認識してもらえているのならばそれほど深刻でもないであろうと心を落ち着かせようとした。
美沙から時々涙とともに発せられる「ごめんなさい」という言葉はいろいろな意味が含まれているように感じられて靖はなんと声をかけてよいのかわからなかった。
それからして、靖は帰った。
結局、雅子も明日の朝の家事や仕事のことでこの日は帰ることになった。
最後に横になって天井を見つめる美沙の頭を、雅子は優しく何度も撫でた。
「ごめんね、美沙。今日はいてあげたかったんだけど。」
「大丈夫だよ。私のことばっかりかまってあげられないでしょ。私は平気だよ。なんかあったらナースコール押すし、また明日来てくれるんでしょ。」
「ええ、また明日くるわ。」
雅子はじっと美沙の顔を見つめた。
「美沙。少し顔変わったように感じるわね。たくましくなったのかしら。」
「そうかな」
美沙はカーテンを閉めてある窓の方を向いた。
「お母さん、これからもう少しあなたたちのために時間作るわね。美優も高校入学したばかりだし、美沙も大学受験だから。」
「うん」
「じゃあ、そろそろ行くわね」
雅子は足元に置いていたトートバッグを肩に下げて帰る支度をした。
「じゃあ、またね。おやすみなさい。」
雅子の言葉に「おやすみなさい」と美沙は小さく返事をした。消灯のためあたりは薄暗かった。雅子はそろりと立ち上がり足元を確認して部屋を後にした。
病室のドアが閉まりきる直前に美沙はドアの方に顔を向き直し「お母さん、会いたかった」と呟き、再び涙をこぼした。
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