命の上で輝いて
美沙はベッドの上にいた。彼女の体の至る所に青痣が出来ていた。
「川上さん、何かあったらいつでもナースコール押して読んでくださいね。」
ナースはニコリと笑みを浮かべて、病室を後にする。
雅子は座ったまま笑顔を作り、会釈をした。すぐに雅子は美沙の方へ目をやった。
「母さん、今日は一日病院に居ようと思うの。たまたまこの部屋私たち以外に誰もいないし。」
美沙は何も言わずに、天井を見つめていた。
「本当に覚えてないの?」
雅子は涙を堪えて声を震わせた。美沙は何も言わずに、目に涙を溜めて、ゆっくりと頷いた。
「きっと大丈夫。すぐに記憶は戻るわ。お医者さんは脳に異常はないって言ってたし。混乱してるんだわ。それより体は打撲だけで済んでよかったわ。」
雅子はそっと美沙の手に、両手を添えた。美沙の目から涙が溢れだした。
平日の夕暮れ、病院の敷地外からは、野球部らしき高校生が大声を張り上げるのが聞こえ、帰路を急ぐ車のクラクションが響いていた。
美沙は泣き顔を見られたくないのか雅子から顔をそむけるようにして、窓の外を眺めた。美沙の病室は回数が高く、周囲の上澄みと、遠くの街並みが見えた。
リニューアルオープンした駅ビルが遠くに見える。
「お母さん、今度、駅ビル行こうね」
雅子は突然口を開いた美沙に少し驚いたが、「行こうね」とつぶやき手を少し強めに握った。
「ごめんね、おかあさん、心配かけちゃって。」
美沙は窓の方に視線を向けたまま話を続けた。
「私、最近のこと本当に思い出せないの。今朝のことも、昨日のことも。思い出そうとすると頭がくらくらしちゃう。小学校のことも覚えてる。中学校のことも覚えてる。高校に入った時のことも覚えてるのに、それからちょっとたった後のことから思い出せない。なんでだろう。」
昨日の事といい、最近何か嫌なことがあったに違いないと雅子は感じていた。もし本当に記憶喪失になったとしたのなら、そういう心理的なものがあるのではないだろうかと。
「心配しなくていいのよ。ゆっくりと、無理せず思い出していけばいい。もし本当に無理なら思い出せなくてもいいじゃない。また新しい思い出を作っていきましょう。さすがにお母さんのやお父さんたちのことまで忘れちゃったって言われたら困ったかもしれないけど。」
そういって雅子は美沙の手を摩った。