Love nest~盲愛~

「して欲しい事はあるか?」

「……いえ、特には」

「フッ、こういう時は、キスして欲しいと言え」

「っ……」


鼻先が今にも触れそうなほどの至近距離に美顔が迫り、甘く蕩けるようなバリトンボイスが降って来た。

しかも、私の口から求めるようなセリフを言えと。

こういう駆け引きをする経験値もなければ、スキルもまだ備わっていないのに。

射竦めるような高圧的な視線ではなく、独占欲は滲ませつつも愛おしい人を見つめるようなそんな瞳で。


こめかみに柔らかい感触を感じ、髪が一撫でされ、微かなムスクの香りを纏った腕が視界を横切り、シートベルトが締まる音がした。

彼の心を満たすのはまだ全然足りないらしい。

**

翌日、彼は出張で暫く不在だと知らされた。

直接不在だと言ってくれても良さそうなものなのに……。

ううん、事前に知らせておく必要もない間柄だからだ。


『して欲しい事はあるか?』

暫く不在にするからと分かっていたら、違う返答をしたかもしれない。

あの時、もっと彼の気持ちに寄り添えれたら、少しは関係も進展したのかもしれないのに。

いつだって後から気付く。

もっと細やかに気を遣っていたら彼の気持ちに気付けたのかしら?


そもそも男性を求めるような心境になった事がなくて。

例えセリフだとしても、簡単には紡げない。

心の底から彼の事を求めるように感じなければ、口から言葉が出て来そうにない。


この不在の間に、少しでも彼の事を知る努力をしなければ……。

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