Love nest~盲愛~
恐る恐る瞼を開けると、バスチェアに腰掛けた彼の背中が目の前に。
そして、無言でボディスポンジが差し出された。
それを受け取り、ボディーソープを付けて泡立てる。
ムスク好きなのかと思ったら、意外にもボディーソープは清潔感のあるシトラス系の香りだ。
それもごく僅かな香りで、鼻にもわっとするようなムスクと違い、優しい感じの。
しっかりと泡立てて背中に当てようとした、その時。
視線の先で捉えたものに驚き、思わず手が竦んでしまった。
彼の背中には幾つもの傷痕がある。
何かで裂かれたような線状の傷痕の他に、火傷のようなケロイド状の傷痕まで。
思わず指先がその部分へと。
「怖いか?」
「……いえ」
脅されているような感じはしない。
例えば、彼が裏の組織の人間だとして、それで傷を負ったのかもしれない。
そう思ってもおかしくないほどの傷痕の数だ。
けれど何故だか分からないけど、恐怖というより懐かしさを覚えてしまった。
「痛みますか?」
「いや、もう痛みは無い」
「お背中、流しますね」
丁寧にスポンジで背中を擦る。
肩にも腕にも傷痕がある。
それらを目にして、15年ほど前の出来事を重ね合わせていた。
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幼い頃によく行き来していた、父の知り合いのご家族がいた。
私より年上の男の子がいて、とても明るくて優しいお兄さん的存在の子。
私は『みさきお兄ちゃん』と呼んでいて、私の初恋の人。
王子様みたいに綺麗な顔立ちで、いつも沢山の本を読んでくれた。
そんな彼の両親が交通事故に遭い亡くなり、彼は親戚に引き取られ、それ以来数回しか会ってない。