Love nest~盲愛~

恐る恐る瞼を開けると、バスチェアに腰掛けた彼の背中が目の前に。

そして、無言でボディスポンジが差し出された。

それを受け取り、ボディーソープを付けて泡立てる。

ムスク好きなのかと思ったら、意外にもボディーソープは清潔感のあるシトラス系の香りだ。

それもごく僅かな香りで、鼻にもわっとするようなムスクと違い、優しい感じの。

しっかりと泡立てて背中に当てようとした、その時。

視線の先で捉えたものに驚き、思わず手が竦んでしまった。

彼の背中には幾つもの傷痕がある。

何かで裂かれたような線状の傷痕の他に、火傷のようなケロイド状の傷痕まで。

思わず指先がその部分へと。


「怖いか?」

「……いえ」


脅されているような感じはしない。

例えば、彼が裏の組織の人間だとして、それで傷を負ったのかもしれない。

そう思ってもおかしくないほどの傷痕の数だ。

けれど何故だか分からないけど、恐怖というより懐かしさを覚えてしまった。


「痛みますか?」

「いや、もう痛みは無い」

「お背中、流しますね」


丁寧にスポンジで背中を擦る。

肩にも腕にも傷痕がある。

それらを目にして、15年ほど前の出来事を重ね合わせていた。

**

幼い頃によく行き来していた、父の知り合いのご家族がいた。

私より年上の男の子がいて、とても明るくて優しいお兄さん的存在の子。

私は『みさきお兄ちゃん』と呼んでいて、私の初恋の人。

王子様みたいに綺麗な顔立ちで、いつも沢山の本を読んでくれた。

そんな彼の両親が交通事故に遭い亡くなり、彼は親戚に引き取られ、それ以来数回しか会ってない。

< 90 / 222 >

この作品をシェア

pagetop