だめだ、これが恋というのなら
『俺の親、俺が小五の時、離婚したんだ』
彼は墓地の中で、ゆっくりと語り始めた。
そしてたどり着いた、一つのお墓。
彼はそこで、その場に座った。
私は、静かにその横に座る。
『親父の浮気が原因、母親は毎日酒を浴びるように飲んでた』
彼があまりにも苦しい顔をしているから、聞かないほうがいいのか、ここで止めたほうがいいのか、迷った。
でも、
『俺、親父に似てるらしくて…
親父と別れてから、母親は毎日俺のことを父親に似てることを忌み嫌った。
挙句には俺は親父に似てるから、自分と同く悲しい想いをさせないようにと、俺に恋をするなって、そう言ってきた…』
彼は話すのをやめなかった。
だから、彼が話したいだけ、語りたいだけ、しっかい聞こうと思った。
『それからは、俺、恋愛に興味なくなった。
所詮、男と女はセックスするだけの生き物で、好きとか惚れたとか、そんなのオプションだと思ってた、そんな風にしか思えなかった』
『そういうのに必死になる連中のこと、見下してた…馬鹿にしてた…』
『こういう風にしか思えなくなったのも全部母親のせいにして…』
あぁ…そっか。
これが彼の人生だったんだ。
これが彼の生き方だったんだ。
“俺はなんでもできます”、あれは仮面だったんだね。
お母さんから、そんな風に言われて、そうしなきゃいけない、そう、幼い彼は想い続けてきたんだね…
そうしなきゃいけない、その思いが彼にあんな仮面を被らせたんだね…
そして、私は彼の言葉を受け取るたびに、涙が自然と頬をつたっていく。
『俺…本当は今でも不安。
今まで散々見下してた奴と、馬鹿にしてきた奴らと同じことをしてて…
でも、いつか…芽衣のことを親父と同じように傷つける日が来たりすんのかなって…
すっげー不安になる…』
大丈夫。
大丈夫。
『…私…約束するよ…?』
『…え?』
彼が振り向く。
『司、私が司の傍にずっといる。
司が不安になるときは私が抱きしめるよ。
司…私は司に傷つけられても、司の隣にいるよ?』
私の言葉に、彼の目から一筋の粒が流れていく。
そして、私も。
『…芽衣、言って欲しいこと、先に言うのなしだから』
いつもは余裕な彼も、今は小さい子供みたいな顔をしてる。
だから、私はそんな小さい子供が愛しくて、愛しくて、そんな気持ちを上手く伝えられないから、そっと彼を抱きしめた。
しばらくそうした後、彼は私から離れて、持ってきた綺麗な花束をお墓に添えた。
そして静かに目を閉じて、手を合わせた。
私も彼の隣で、静かに手を合わせた。