強がりな魔法使い
プロローグ
『色々ありがとう、蓮』
窓の外をボーッと見つめながら、雪は言った。
雪は私に、『ありがとう』と言ってくれた。
こんなダメ人間な私に、感謝を表してくれた。
『…なんでそんなこと言うかな
死亡フラグたてんなバカ』
冗談のつもりで言ったのに、最後はどんどん声が小さくなってしまった。
ギュッ、と雪の小さな手を握る力が強くなる。
ここで泣いてはダメなんだ。
この中で1番辛いのは、誰でもない雪なのだから。
自分に言い聞かせているハズなのに、目の奥がじわじわと熱くなってくる。
『…声、震えてる』
『震えてないし
ていうかもう無理して喋らなくていいよ』
『もう、意地っ張りだなぁ』
雪は、もうすぐ命が終わってしまうとは思えない笑顔でそういったのだ。
やっぱり、いつでも変わらない、雪の笑顔。
どんなに辛い時でも、どんなに悲しい時だって
決して絶やすことのなかった、私の大好きな笑顔。
(…明らかに無理してる、)
でも、その大好きな笑顔に
__どうしても、未来は見えなかった。
『…雪、』
『蓮はそれだからモテないんだよ?
蓮は美人なんだから、素直になればいいのに』
『雪……、』
『蓮ってば、小さい時からそうだよね
私が初めて話しかけた時も、すぐに逃げちゃって』
『雪…っ、!』
『今では、もうそんなの慣れっこだけどね』
『雪っ!!』
病室に、私の張り上げた大きな声が響く。
雪は、そんな私に驚くこともせず、ただ真っ直ぐに見ていた。
『雪…もうやめてよ…、
なんで…昔の話をするの?』
私はもう限界だったのだ。
これ以上、辛そうな雪を見ることも、
昔の話を思い出されることも、
もうすぐ絶えてしまう命を弄ぶことも、
私が、無力だと思い知らされるのも。
『……、なんでって、
うーん、なんでだろう』
雪はもう一度窓の外を見ると、静かに目を閉じた。
それは何かを考えているからなのか、
あるいはもう考えるのも疲れてしまったのか。
私にはわからなかった。
しばらくして、大きく綺麗な瞳をゆっくりと開けると、
『私を、覚えておいてほしいから、かな』
と、言った。
『…蓮、私ね
死んでしまうことよりも、誰からも忘れられて、存在が消えてしまうことのほうが、何倍も、何百倍も怖いんだ』
布団をギュッと握り締め、俯いて震えながら、雪は言った。
『…もし、私に魔法が使えたら
みんなにずっと私のことを覚えてもらえてたのかな、?』
ポツ、ポツ、と、シーツにシミが出来てく。
『…雪、』
やめて。
やめてよ…
雪、この世界に魔法使いはいない。
それは、雪も分かってるでしょう?
『…大丈夫』
『私が年をとって、100歳のババアになっても、絶対、雪のことは忘れない』
私は魔法は使えない。
でも、もし、それが雪の望むことなのであれば、
私は、なんでもできる。
『…、ほんと?』
『うん』
『約束する』
少しだけ、顔に力が入った。
少しでも信用してもらうために、
生まれて初めて真剣になった。
『……蓮、っ』
『やっぱり……』
『蓮は、魔法使いみたいだね……、』
『え…?』
ピーーーーーーーーーーッ
『…!?雪、!?ねえ、雪!!!』
終わりを告げる音が、ついに鳴ってしまった。