人魚姫の願い
人魚姫の物語
 
 波音がざわめく海辺。耳を侵略するように響いている。
 
 
 満月が煌々と照らす砂浜に、死んだように私は転がっていた。重い身体を起こすと、足元が見えた。月光に浮かび上がる二本の白い脚。それが自分のものだという実感がわかないのは、作られて間もないからだ。
 
 
 私は人間ではない。海から来た別種族だ。元は海の底でひっそりと一生を終えるはずの私が、人間の足を手に入れてまで陸に上がっただけの理由はある。
 
 
 だが、誰にもそれを言うつもりはない。助けの手が差し伸べられようと、簡単にそれを信用などできるわけがない。
 
 
 人間は野蛮だ。私の目には、否、私たち海の仲間すべての目にはそう映っている。人間は、陸に生きているくせに、わざわざ私たちの住む海に侵略して来て、大事な仲間たちを奪って去って行く。魚も、貝たちも、海藻も……。必要もないのに奪ってしまう。だから、私たちは人間を憎んでいる。そんな汚らわしい人間たちの姿と同じ姿になってまで、私は陸にやって来た。
 
 
 果たして私の望むものは手に入れられるだろうか。
 
 
 どれくらい私はその場にいたのだろう。空が明るく白み始めた。星々の光は日の光に負け、見えなくなっていく。満月はとうの昔に西の空に沈んでいた。波音ではないざわめきが辺りに響き始めた。見回すと、人間の集まりらしきものが、こちらへと向かって来ていた。
 
 
「お嬢さん、大丈夫か? 生きているか?」
 
 
 人間たちは、その身に色とりどりの布を巻きつけている。海のものはしない姿だ。これが「服」というものか。付け焼刃の人間界の文化に関する知識を総動員して推測した。
 
 
「おい? 大丈夫か?」
 
 
 人間たちは恐らくオスなのだろう。私の姿とは少々違うようだ。短く刈られた髪、かすかに臭う野性はオスの証拠だ。
 
 
 そうしてしばらく観察していると、オスたちの中でも小奇麗な姿をした一人が、身にまとう布を脱いで私の上に投げた。
 
 
「早くその身を隠せ。賊に襲われたのだかなんだか知らないが、妙齢の女性がそんな無防備な姿をしていると、どんな目に遭うかわからないぞ」
 
 
 そのオスは私から視線をそらしていた。顔はほんのり赤みを帯びていた。
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