人魚姫の願い
 真夜中に部屋から抜け出した。眠る王子からの拘束から逃れるのは至難の業だったが、それでもなんとか自由をもぎ取った。すやすやと安らかな寝息を立てる王子をあとに残して、私は海を目指した。作りもののこの足は、歩くたびに私に苦痛を与える。でも、それでもひと月の時間というのは大したもので、もうそんな痛みすらもいとおしく思えるほどだった。
 
 
 何せ、姉を自由にできたのだ。私の足取りは軽かった。
 
 
 海にたどり着くと、私は着ているものをすべて脱ぎ捨てた。海の住人にこのようなもの、必要なんてない。むしろ邪魔だ。
 
 
 見上げると、満月が煌々と夜空を照らしていた。約束の期限だ。私は確認の意味もあって、歌い始めた。船人を惑わすローレライの歌声にも負けない。今、この海には誰もいないのだから、こうして響かせてもなんの影響もないだろうけれども。
 
 
 そうして、大好きな姉がうたってくれた大好きな歌を、一節歌い終わったそのときだった。
 
 
「やっぱり君も人魚だったんだね。エリ……いや、マリーヌ」
 
 
 その名前を呼ばれた瞬間、心臓が凍りつくような感覚が私の身体を支配した。
 
 
「なぜ……その名前を……?」
 
 
 苦しい息の下で私は問うた。振り返ると、王子が一人、従者も連れずに私の元へ歩いて来ていた。
 
 
「寝言でいつも言っていたよ。君は昼寝が好きだったからね」
 
 
 身体を起こすこともできないまま、私は記憶をたどった。確かに。確かに私はよく昼寝をすることがあった。毎夜月を見上げているうちに夜更かしをしてしまい、昼間が眠くてたまらなかった。そんな私は平気で人前だろうが寝てしまっていた。まさか、そのときに寝言で自分の真の名を口に出していたなんて。
 
 
「君は僕のものだ。絶対に海なんかに帰さない」
 
 
 裸で砂浜に横たわる私を軽々と抱き上げ、王子は城へと戻った。
 
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