人魚姫の願い
 上半身は人間と似た姿、でも、下半身は魚の尾びれに似ている。海の底でひっそりと暮らし、人間の前には滅多にその姿を見せないはずの私たち。だが、姉は好奇心旺盛な性格で、たびたび陸の近くまで上がっては、人間たちの姿を遠巻きに見て楽しんでいた。
 
 
 姉がどこでどう人間に捕まったのかは私は詳しく知らない。だが、波の噂に姉が人間に捕まったのを聞いて、私は彼女を助けるために人間の世界に来たのだ。年増の魔女に、私の美しい声と引き換えに、人間の足を頼んだ。薬を調合するという魔女の要求に応え、入手困難な材料を、ひれがしびれるほど泳ぎ回ってはかき集めた。簡単なことではなかったが、姉のためなら苦労も苦労とは思わなかった。交換材料の私の声の引き渡しを、先延ばししてくれたのは魔女の好意に過ぎない。
 
 
 やっと……やっと見つけた私の大事なひと。どういう素材で作られているのかはわからないが、透明な板に囲まれた内側は水で満たされ、その中に姉が漂っていた。ぐったりとした姿が痛々しい。弱っているのだろう。無理もない。しかし、それでも生きているのは嬉しかった。
 
 
「ほら、餌だ。食え」
 
 
 気付けば、王子よりも小柄の醜いオスが、姉の入れられた透明な箱のそばにいた。そして、箱の中に魚の死骸を投げ込んだ。よく見れば、姉の近くにはいくつもの魚の死骸があった。なんてむごいことを……。私たちは魚など食べない。海の水の中を泳ぐだけで栄養が得られるのに。
 
 
「すごいね、これが本物の人魚なんだね。伝説の通り美しい姿をしている」
 
 
 目を輝かせる王子を、心底鬱陶しく思った。だが……。
 
 
「王子、私にこの人魚をください。それならば、貴方の求婚を受けましょう」
 
 
 切り札はこの場で使うしかない。王子は私の提案を目を丸くして聞いていた。
 
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