君をひたすら傷つけて
 私よりもお母さんの方が眠れなかったのかもしれない。お母さんは少しだけいつもより目が赤い。私にはいつも通りに振る舞うお母さんの気持ちに私は気付かない振りをする。『ありがとう』と思った。今まで自分の親の有難味なんて考えたことなかったけど、義哉と付き合いだしてから見えなかったものが見えるようになってきた。

 周りの全てに感謝の言葉を口にする義哉を私はずっと見てきた。人と人との優しさと思いやりがどんなに大事かを教えて貰った気がする。

「お母さん。いつもありがとう。今日は頑張ってくるから」


 自然とそんな言葉を口にする私に、お母さんは一瞬吃驚したようだったけど、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。

「頑張ってきて。雅なら大丈夫よ」


 素直に自分の気持ちを言葉に出来るようになった私が笑うとお母さんはまた優しい微笑みを浮かべる。それで十分だった。

 見送られて玄関から出ると自分の部屋で感じたよりももっと寒く冷たい空気が肌を刺してきた。身が引き締まる思いがするというのはお世辞にも言えない。そのくらい寒い。余裕を持って家を出たのに急ぎ足になってしまうくらいだった。


 ポケットの中の義哉から貰ったお守りキュッと握りしめると傍にそっと義哉が寄り添ってくれるような気がする。一次試験は義哉のおかげでいい成績を残すことが出来た。二次試験も私が困らないようにと丁寧に毎日教えてくれたのだから、その成果を義哉に見せたい。
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