君をひたすら傷つけて
　私はお兄ちゃんのマンションの場所もよくは知らないくらいなのに、話はどんどん膨らんでいく。合鍵なんか持っているわけないのを知っているのにお兄ちゃんの芝居は続く。

「忘れたのか？仕方ないな。俺の鍵を貸すから先に部屋に行ってろよ。悪いけど、明日の朝のパンも買って置いてくれると助かる。いつものでいいから。それと雅が好きなものも一緒に買っておいで」

「うん。でも…」

「今日は仕事が終わったら後は何もないから、久しぶりにゆっくりできるな」


　そういうと私の手のひらに自分の部屋の鍵とわかるキーケースを渡すのだった。それにはマンションの部屋の鍵以外にもたくさんの鍵が下がっている。私は吃驚して見上げるとお兄ちゃんはニッコリと微笑む。

「後でメールする。さすがに仕事に戻らないといけないから。それでは失礼します」


　そういうとお兄ちゃんは車に乗って仕事に戻って行ってしまった。


　誰もが知っているブランド物のしなやかな革のキーケースは私の手にあり、それを見ながらこれからどうしたらいいのか考えてしまう。これがここにあるということは、お兄さんは仕事が終わっても自分の部屋に戻ることが出来ない。


　レンジ先輩から逃れたい一心で吐いた嘘が思いもかけない形で私に戻ってきてしまった。
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