君をひたすら傷つけて
『悪い。あまりに驚き過ぎて思考が停止した。雅の語学留学はもう少しで終わりだろ。これからどうするんだ?フランスで生活をするって何をするんだ?』

 電話口から聞こえた声にハッとした。それがお兄ちゃんの声ではなくて義哉の声に聞こえたからだった。私に問いかけるような優しい口調は義哉そのもので、義哉から聞かれている気がする。もしも、義哉が生きていてくれたなら、同じようなことを言うのだろうか?

 その前にフランスに留学なんかしなかったかもしれない。義哉のことを思うと胸がキュッとなり、もしもと言うことは無いのに、もしも義哉が生きていたらと思ってしまう。

『スタイリストになりたいの』

『スタイリスト?』

『一緒に住んでいるリズのスタイリストの仕事の手伝いを本格的にしてみたいと思っているの。リズが語学留学後もそのままフランスに残り、本格的にファッションについての勉強をしないかと誘ってくれて、私は頑張ってみたいと思っている』

『日本に帰って来い』

『え?』

『日本に帰って来い』

 お兄ちゃんの強い言葉にドキッとしてしまった。お兄ちゃんはあまり私がしようとすることを止めたりしない。でも、お兄ちゃんは帰って来いと言う。お兄ちゃんのこんな声を聞くのは初めてで、お兄ちゃんは背中を押して応援してくれると思っていた。こんな風に言うなんて思いもしなかった。

『大学はどうする?あんなに頑張って入った大学だから勿体ない。それに寂しいだろ』

『え?』

『あ…。あ、ご両親も寂しがるだろ』
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